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チョッとひと息
Y アイコン特許訴訟に学ぶ 〜特許戦略のヒント〜
(2005.9.23)
 
 
(1)装置特許の実効性が明らかに
・記録媒体に対する権利行使にまつわる事情
 プログラムは、1975年の「プログラム審査基準(その1)」により、方法クレームで保護されることになり、その後、ソフトウエアの発明が、1982年の「マイコン運用指針」により、装置クレームで間接的に保護されることになった。しかし、その後、1997年の「新運用指針」が出されるまで、ソフトウエアを記録した媒体(CD−ROMやDVD等のプログラム記録媒体)を直接保護するための媒体クレームの記載は認められていなかった。
 アイコン特許は、1989年の出願であるために、こうした媒体クレームの記載は許されず、方法クレームと装置クレームによって権利範囲が定義されている。特許が、このようなクレームで定義されている場合は、たとえ、パソコンへのインストールによって、そのパソコンが実質的に装置クレームで定義された装置となるような(または方法クレームで定義された方法を実現する)プログラムがあったとしても、「プログラム」や「プログラム記録媒体」自体は「装置」や「方法」ではないため、そのプログラム記録媒体の製造・販売を直接侵害(文言侵害)として差し止めることはできない。
 ここで、プログラムが、その装置の生産に「のみ」使用するものであれば、その特許の「間接侵害」にあたるとして、プログラム記録媒体の製造・販売を差し止めることができる。しかし、実際には、プログラムによって実現されるシステムの一部が、装置クレームで定義されるシステムであることが多く、そのために、プログラムが、その装置の生産に「のみ」用いられると認められるかどうかが疑問視されていた(注1)。今回のアイコン特許は、局所的なGUI機能に関する装置特許であるため、ワープロソフト(一太郎)や、ドローイングソフト(花子)を記録したプログラム記録媒体を間接侵害とするのは、特に困難であると考えられる。
 
 松下とジャストの係争の経緯を見ても、その辺りの事情を読み取ることが出来る。たとえば、松下は、アイコン特許が成立してから、ジャストとの交渉を開始するが(2000年6月7日〜)、ジャストは、アイコン特許が装置クレームと方法クレームからなり、自社製品がプログラム記録媒体であることを理由に交渉を拒否している。その後、松下は、ジャストに対して訴訟の提起をすることなく、ターゲットをソーテックに移している(2001年5月31日〜)。当時、ソーテックは、ジャストのソフトウエアをプリインストールしたパソコンを販売しており、松下は、このようなパソコンの販売であれば、アイコン特許の装置クレームに対応し、直接侵害として差し止めることができると判断したものと思われる。
 他方、松下は、アイコン特許の審査請求時に、媒体クレームを含めるように補正をしている。ジャストに対する権利行使をにらんでのことと思われるが、この補正については、当然のことながら「記録媒体は、発明にあたらない」(出願時点で媒体クレームが認められていないため)として、拒絶理由通知を受けている。
注1)一般的には、プログラムについて「のみ」の要件をクリアすることは困難と考えられるが、プログラムについて間接侵害を認め、販売の差し止めを命じた裁判例もある。判決では、「しかし,SYBYLについては,上記のとおり,FlexX以外のソフトウエアを備えているとしても,SYBYLを分子設計以外の用途に使用することが実際上は考えられず,分子設計における,FlexXの上記のような重要性の下で,FlexXを使用しない用途が社会通念上経済的,商業的ないしは実用的な用途であることを認めるに足りる証拠は,本件全証拠を検討しても見いだすことができない。以上からすれば,ロ号物件は,本件特許発明の技術的範囲に属するロ号方法の使用にのみ用いるものである,ということができる。」と判示している。
・間接侵害規定の改正が契機に
 上述のようなプログラムに関する間接侵害の適用の限界やその他の問題を解消するとともに国際的な調和を図るため、平成14年特許法改正により、間接侵害規定の拡充が行われた。
 この改正では、客観的要件と主観的要件の両面から、侵害の予備的または幇助的行為を規定する欧米型の間接侵害規定が加えられ(特許法第101条2号、4号)、プログラムが、装置の生産に「のみ」使用されるものでなくても間接侵害を問えることになった。
 少なくとも、松下がジャストに対する訴訟提起を決断した理由の1つは、この規定によって、ジャストのプログラム記録媒体の製造・販売が間接侵害に問えると判断したからであると考えられる(当該規定の施行日は2003年1月1日、提起は2004年8月5日)。
 そして、実際にアイコン特許訴訟では、特許法第101条2号の間接侵害規定を適用して、一太郎等のプログラムを記録したプログラム記録媒体の製造・販売が侵害行為であると認定された。おそらく、今回の判決が、新設された間接侵害規定を適用した初のケースではないかと思われる(注2)。
 現時点では、この認定は確定的なものではないが、装置特許に基づいて、関連するプログラムの記録された記録媒体の製造・販売を差し止めることができるという、ひとつの道筋がついたことは確かである。
注2)ソフトウエアの購入者が行うパソコンへのインストール行為が「装置の生産」にあたるのかどうかといった議論もあるが、第1審では、この点に触れることなく、間接侵害を認めている。
 
(2)媒体クレームの記載は重要!
 上述のように、1997年以降は、媒体クレームの記載が認められるようになったので、これ以降の出願に係る特許では、プログラム記録媒体の製造・販売を直接侵害として排除することが可能になった。訴訟では、直接侵害を主張する方が、間接侵害の主張より立証事実が少なくてすみ、原告の負担が比較的小さいという点で有利である。また、後述するような不都合もない。
 しかし、1997年以降の出願であっても、この媒体クレームの重要性を意識せずに(あるいは他の理由で)、これを記載していない出願が数多く見られる。このような出願が特許として認められ、さらに侵害訴訟に発展した場合には、依然として上記のような間接侵害規定の適用を主張しなければならないことになる。
 したがって、出願対象のアイデアが、記録媒体に納められたソフトウエアによって実現される可能性がある場合は、「媒体クレーム」を記載しておくように意識する必要がある(注3)。装置クレーム、方法クレームとは、対世的な効果(権利範囲)が異なることを十分理解しておかなければならない。
注3)2001年の「ソフトウエア関連発明審査基準」では、さらに「プログラムクレーム」を記載することが認められた。これにより、たとえば、ネットワークを介して提供されるような(すなわち、記録媒体を介さないで流通する)ソフトウエアに対しても直接侵害として権利行使をすることが可能となった。プログラムクレームは、媒体クレームより広い概念であるため、プログラムクレームが記載されていれば、CD−ROMやDVDに記録されたプログラム記録媒体の製造・販売についても直接侵害であるとの主張が可能。
 
(3)新設された間接侵害規定の適用を受ける際の不都合
 上記のように、特許法第101条2号、4号といった間接侵害規定の適用を受けることにより、装置クレーム(方法クレーム)のみの特許であっても、関連するプログラムを記録した記録媒体の製造・販売を差し止めることが容易になった。しかし、この規定の適用については、以下のような不都合な点があることを忘れてはならない。
 
・施行日は2003年(平成15年)1月1日
 特許法第101条2号、4号の規定が適用されるのは、2003年1月1日以降であるため、それ以前の製造・販売行為については、この規定を適用できない。したがって、たとえば、過去から長期間にわたる販売行為によって多くの損害を蒙っていても、2003年より前の損害については請求が難しいということになる。
・「知りながら」の立証は警告状等の送付で
 特許法第101条2号、4号といった間接侵害規定の適用には、(1)プログラムがインストールされた装置が特許発明となること、および(2)そのプログラムが、その特許発明の実施に用いられることを実際に「知っていた」ことが必要とされ、原告は、被告が「知っていた」ことを立証しなければならない。このような被告の、いわゆる「悪意」について原告が立証することは困難である場合が多く、通常は、被告に警告状等を送付し、その後に被告がした行為について悪意を立証することになる。アイコン特許訴訟では、松下がした仮処分命令申立書の送達により、ジャストが「知った」ものと認められている。
 したがって、警告状等を相手方に送付する以前のプログラム記録媒体の製造・販売については、侵害であるとの立証が難しいということになる。逆に言えば、警告状等で早く相手に知らせないと、認定される侵害行為の起点が遅くなってしまうということである。しかし、一方で、警告状を安易に送付することが不法行為とされる恐れもあるので、この点については慎重な判断が必要である。
 
* 直接侵害では、相手方が特許を実際に知っていたかどうかに関わらず、特許権の成立した日(設定登録の日)から侵害が行われたことになるので、上記のような制限はない。
 
(4)訴訟リスク管理の必要性
 ジャストが、今回のアイコン特許訴訟の第1審判決によって、大きな影響を受けたことは容易に想像することができる。たとえば、問い合わせ対応のための人件費、ソフトウエアの修正モジュール作成・配布のためのコスト、新製品の買い控え、株価の下落といった経済面でのマイナスの影響のほか、(最終的な侵害の有無は未確定ながらも)特許権を侵害した企業であるとか、知的財産戦略が十分でない企業であるといった印象を与えることによる信用面でのマイナスの影響も考えられる。このような影響は、たとえ控訴審で勝訴したとしても全て挽回できるという保証はなく、それだけに、こうした影響を受けないように、日常の訴訟リスク管理が大切である。そのためには、ほんの一例であるが、以下のような実践項目が挙げられる。
・関連特許のチェック
  −自社の強化分野や競合企業に絞ってサーチを行う。
  −他社の関連特許を発見した場合は、自社製品や自社ロードマップへの影響を調査する。
  −他社の重要な特許については、必要に応じて、無効審判請求を行い、特許の無効化を図る。
  −特許の無効化が困難であり、回避策もない場合には、特許権の譲受や実施許諾の交渉をすすめる。
・関連出願のチェック
  −特許となる前の段階で、先行技術等に関する情報提供を行い、特許化を阻止する。
   一旦、特許が認められると無効にすることが難しいため、特許となる前に積極的に
   情報提供を行うことが得策。
* メニューや項目選択のためのGUI、データ通信方法、ファイル管理など、多くのソフトウエアで共通的に利用される機能に関する特許出願・特許については、関連各社が協力して、あるいは、所定の関連団体が調査・交渉をするような体制をとることも考えられる。
 
(5)侵害訴訟を提起する側の課題
・特許の有効性について検証を
 近年では、特許として認められてはいるものの、侵害訴訟の段階で、進歩性を有さず実質的に無効であると判断されるものが少なくない。このような特許に基づいて権利を行使し、訴訟において特許無効との判断がなされると、訴訟を提起した側であっても経済的な不利益を蒙る可能性がある。
 したがって、権利行使をする側は、交渉に入る前や訴訟提起の前にもう一度、自社特許権の有効性をあらゆる角度から検証する必要がある。また、特許権に無効理由があることを知っていながら権利行使に及んだ場合は、不法行為ということで被告側から損害賠償請求を受ける可能性もある。
・侵害訴訟提起のメリット・デメリット
 今回のアイコン特許訴訟では、一部で松下に対する批判が高まり、それが不買運動にまで発展している。松下としては、特許権に基づく正当な権利行使といえるが、多くの人がアイコン特許の有効性に疑問を持ったことも事実である。さらに、日本人が持つ判官贔屓の気質や、外国メーカーでなく、同じ日本のメーカー(特に、日本のワープロソフトメーカーの草分け的存在であり、近年は、この分野で米国メーカーにシェアを奪われつつあるメーカー)に対する訴訟であったことも、この不買運動の根底にあると考えられる。
 したがって、特許権侵害訴訟の提起にあたっては、特許の有効性を十分検証するとともに、判決による直接的な効果に加え、訴訟の提起や判決の結果が企業イメージに与える間接的な影響についても考慮すべきである。特に、どの企業を訴訟のターゲットにするかは大きな問題である。
 とはいえ、特許権侵害を見過ごせば、知財保護に消極的な企業であるかのような印象を与えて、他の企業による特許権侵害を助長することにもなりかねないので、上記効果と影響をどのようにバランスさせていくかは極めて難しい問題である。