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チョッとひと息
W  知財高裁における判決の行方
(2005.8.19)
 
 
 知的財産高裁は、アイコン特許訴訟に係る控訴審(平成17年(ネ)第10040号事件)の判決期日を2005年9月30日と指定した。ここでは、この控訴審において、原告・被告がどのような主張を行う可能性があるかを検討してみる。
 また、判決の結論は、弁論主義(民事訴訟においては、当事者が主張していない事実は裁判の基礎とすることはできない)のために、当事者の主張や提出された証拠に大きく依存する。そういった意味からも、ここでは、上述のような「可能性」の検討にとどめ、判決結果の予想までを意図してするものではない。
(1)アイコンの概念について
 第1審では、アイコン特許出願前の様々な刊行物の記載等に基づいて、「「アイコン」とは、「表示画面上に,各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して,コマンドを処理するもの」であり,かつそれに該当すれば足りるのであって,本件明細書の記載によっても,本件特許出願当時の当業者の認識においても,それ以上に,ドラッグないし移動可能なものであるとか,デスクトップ上に配置可能なものであるなどという限定を付す根拠はないというべきである。」と判示した。
 そもそも、「アイコン」という用語は、アイコン特許の出願当時も、そして今も非常に多義的であいまいな範囲を示すものとして使われているように思われる。ジャスト側は、第1審で、アイコンはデスクトップ上に配置され、移動可能であるものとして、「ヘルプモード」ボタンや「印刷」ボタンがこれに該当しないと主張しているが、アイコンがそのようなものに限られると証明できる証拠を提出するのは極めて困難ではないかと思われる。
(2)「アイコン」という用語の不明確さ
 松下の特許出願の願書に添付した明細書には、「アイコン」がどのようなものを指すのかといった説明はなく、また、他の表示例(第5図、第6図)では、スクロールバーやメニューメッセージまでもがアイコン(特許請求の範囲における第2のアイコン)として説明されている。
 第1審では、このスクロールバーやメニューメッセージは、「「各種の処理コマンド」を指示するもの」ではないから「アイコン」には含まれず,本件発明の実施例とはいえない。」と認定しているが、上記明細書においては、第5図と第6図が本実施例の他の表示例として説明され、これらを実施例に含めないといった特段の記載もないため、スクロールバーやメニューメッセージを含めて抽象化した結果、「第2のアイコン」として特許請求の範囲に記載されたと考える方が合理的ではないかと思われる。
 そのように考えると、この特許公報において、「アイコン」は漫然と使用された用語であり、その用語の表す内容が不明確であるとの主張も成り立ちうる。そうであれば、発明の構成に欠くことのできない事項が不明確であり、特許法第36条第4項第2号(昭和62年改正法)に規定する要件を満たしておらず、明らかな無効理由が存在することになる。
 ジャスト側としては、このようなアプローチで特許の無効を主張することも考えられる。
(3)進歩性阻却事由
 第1審の判決が出された後、ネット上でアイコン特許に類似する技術の記事が紹介され、話題になった。
 それは、「MACTECH VOL. 3, 1987 "Help Documentation System Review"」に掲載されているヘルプシステムである。このシステムには、以下のような機能がある(" Context Sensitive Help"より )。
 <1>ユーザは、コマンドキーと?キーを押してポインターを「?」に変える。
 <2>次に、その「?」ポインターで、デスクトップ上のアイコンやメニュー等を選択する。
 <3>そうすると、ヘルプデスクアクセサリーによって、選択されたアイコン等のヘルプメッセージが表示される。
 上記ヘルプシステムをアイコン特許の特許請求の範囲と比べると、ヘルプシステムでは、第1のアイコンの指定に相当するものが、コマンドキーと?キーの押下である点で相違している。
 しかし、この記事には、さらに次のような記載がある("Invoking Help"より)。  「ユーザがヘルプデスクアクセサリーを起動するには、3つの方法がある。
  ・アップルメニューから
  ・コマンドキーと?キーの押下
  ・アラートボックス内のヘルプボタンの押下(アラートボックスは、スクリーン上に表示されたボックス)」
 
 3番目の方法は、コマンドキーと?キーの押下ではなく、スクリーン上のヘルプボタンの押下(すなわち、キーボードのキー入力でない)により第1のアイコンの指定をすることもできることを示す記載(示唆)である。
 これらのことから、上記ヘルプシステムとアイコン特許の発明は類似度が極めて高く、アイコン特許の進歩性が否定される可能性が少なくない。ジャスト側からこの従来技術が示された場合、松下は、アイコン特許に係る発明が、当該ヘルプシステムから当業者が容易に想到できないものであったことを主張して裁判官を納得させなければならないことになる。
注1) ジャストは、控訴審において、上記雑誌を証拠として提出し、アイコン特許が進歩性を有せず、明らかな無効理由が存在するとの主張を展開している模様。
 
(4)抽象化された権利範囲
 松下のアイコン特許に係る明細書を見ると、実施例には、第1のアイコンのドラッグ・アンド・ドロップ(明細書ではプレス、ドラッグ、リリース)により、第2のアイコンの機能説明がされる情報処理装置が記載されているが、特許請求の範囲では、第1のアイコンを第2のアイコンにドラッグ・アンド・ドロップする操作を「指定」という用語を用いて抽象化している。
 
 通常、特許請求の範囲に発明を定義する場合には、権利範囲が狭くならないように、できるだけ広い、抽象化された概念を表す用語を用いる。たとえば、基本的にインターネットを用いる発明でも、該当する構成要素は、その用語で表現せずに、より広い概念を表す「ネットワーク」という用語を用いる。そうしないと、実質的に同じ発想の発明が専用回線や構内LANに使われた場合に特許権侵害を問えなくなる可能性が出てくる(ただし、インターネットの機能を前提とした発明であれば、インターネットの用語を用いても構わない)。
 
 しかし、このような抽象化は実施例の態様を中心として権利範囲を広げることになるので、際限なくできるわけではない。通常は、明細書に、その抽象化の根拠となる記載をしておくことが要求される。
 「ネットワーク」の例で言えば、たとえば、インターネットを用いた実施例と、専用回線を用いた実施例を図面とともに説明し、その他に構内LANでも利用できるといった説明を加えておくことが望ましい。このような実施例の展開・広がりがあって始めて、ネットワークという上位概念の用語を特許請求の範囲に使用することができるのである。
請求項の抽象化
 [好ましい抽象化のイメージ]
注2) 当業者にとって自明な、当然に予定された範囲への抽象化であれば、あれこれ実施例を記載しなくても、そのような抽象化が認められうる。
 
 そのような観点で、松下のアイコン特許に係る明細書を見てみると、実施例で記載されているドラッグ・アンド・ドロップによる態様が、一気に「指定」という大きな概念に抽象化され、特許請求の範囲に記載されているといった印象を受ける。「指定」という用語自体は、発明の詳細な説明に記載されているが、「指定」がどのような操作を含むものかを説明する記載がなく、ドラッグ・アンド・ドロップ以外のアイコンの「指定」の例は記載されていない。一口に指定といっても、一般的には、多くの態様が考えられる。
請求項の抽象化
 [アイコン特許の抽象化のイメージ]
 このように「指定」として抽象化された範囲には入るものの、実施例のようなドラッグ・アンド・ドロップとは異なる「指定」の態様のひとつが、今回、ジャストのソフト製品で問題となっている「ヘルプモード」機能(これは、いわば「クリック・アンド・クリック」)であると考えられる。
 さらに、この点に関して、松下が請求した訂正審判において、特許庁が興味深い判断をしている(詳しくはこちら)
 以上の点を考慮すると、ジャスト側はここで、「指定」という全体の概念を明細書の発明の詳細な説明から読み取ることができない(すなわち、特許を受ける発明が発明の詳細な説明に記載したものでない)として、特許法第36条第4項第1号(昭和62年改正法)に規定する要件を満たしておらず、明らかな無効理由が存在するといった主張をすることができるのではないかと考えられる。
 
 また、ドラッグ・アンド・ドロップ以外の「指定」の態様については、発明者が認識しておらず、このような範囲にまで特許権の範囲を及ぼすのは妥当でない(認識限度論)との抗弁をすることも考えられる。
 
 一方、松下側としては、「特許請求の範囲を上位概念的に記載したことは、下位概念に相当する実施例のものに止まらず、将来存在すべき他の下位概念に属するものを包含せしめることを出願人は意識していたからである」といった反論が考えられる。