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Y  JALIの訴訟に学ぶ 〜特許戦略のヒント〜
(2006.3.27)
 
 
 ここでは、今回の訴訟のポイントを整理し、特許戦略を構築するうえでのヒントを探ってみることにする。
 
(1)JALIは、なぜ請求を放棄したのか?
 その答えは、「訴訟を続けるメリットがなくなった」ということにほかならないが、より具体的には、以下の2つの理由が考えられる。
 
(1)−1 訴訟において、ANA@deskが原告特許権の技術的範囲に属するという点を裁判官に認めさせることが困難であるとの感触を得た
 たとえば、U 409特許の概要に示す409特許の構成要件と、X 訴訟の概要に示すANA@deskの構成要件を比較すると分かるように、409特許では、ホストコンピュータ(A1)が、航空券予約情報と利用者個人のID情報を搭乗券発券機(A3)に送信する機能(C2)を備えているのに対し、ANA@deskには、そのような機能がない。また、409特許では、搭乗券発券機(A3)が、読み取ったID情報とコンピュータ(A1)からのID情報を照合し(D2)、搭乗券発券の事実をホストコンピュータ(A1)に送信する(D4)が、ANA@deskでは、ホストコンピュータ(a1)で同様の照合を行い(e2)、409特許にはない新たな構成要素、自動改札機(a5)で改札結果がホストコンピュータ(a1)に送信される(e4)。
 このように、多くの本質的な点で409特許とANA@deskの構成は相違しており、ANA@deskが409特許の技術的範囲に含まれるとの判断がされるとは考えにくい。447特許についても同様である。
 
(1)−2 無効審判において、有効な権利を維持することが難しくなった
 請求を放棄した時点では、まだ無効審判の審理終結に至っていないが、無効理由を回避するには、ANA@deskの技術的範囲から更に遠ざかる範囲への訂正をするしかないとの認識に至ったのではないかと予想される。409特許および447特許は、その後、訂正請求によって存続することになる。
 
(2)補正の目的はなにか?
 V.409特許の無効審判の概要や、W.447特許の概要と無効審判で説明した通り、原告の2つの特許に関する補正では、ともに、ID記録媒体に含まれる情報および照合の対象を、「利用者個人および当該ユーザ機関に関するID情報」から「利用者個人のID」に変更している。この変更により、利用するID情報の範囲は狭められることになったものの、情報処理システムとしては(たとえば、異なるキー構成で、照合や蓄積データのアクセスを行うことになり)別のシステム構成になったと言える。さらに(悪いことに)、そのような別のシステム構成が、出願当初の明細書等には記載されておらず、この補正が無効理由として指摘されるに至っている。
 
 こうした内容の補正は、当時においても、新規事項追加として無効理由になる危険性があるという認識は持ち得たはずである。ではなぜ、そのような危険を冒してまで補正をする必要があったのか?
 これについては、2つの仮説が考えられる。1つは、出願時に想定していたシステム構成と、実際に運用することになった自社のシステム構成とが「ズレ」てしまい、それをこの補正により一致させようとしたという説である。もう1つは、他社(ANA)のシステムを排除すべく、ANA@deskを含むように特許権の範囲を調整しようとしたという説である。
 
(2)−1 自社システムとの「ズレ」を解消するため
 たとえば、当初(出願時)は、カード(ID記録媒体)に個人IDとユーザ機関IDを記録させ、システム内では、「個人ID+ユーザ機関ID」を、ユニークな連結キーとして利用するつもりで、その構成を明細書に記載したが、その後、仕様が変更になり、個人IDをシステムでユニークに設定し、個人IDのみを記録したカードをシステムで利用することになった、といった状況が考えられる。あるいは、個人のマイレージカードなどの普及が進み(または見込んで)このカードを利用しようとしたとも考えられる。
 個人IDのみを用いる場合、カードとユーザ機関IDの対応関係は、各ユーザ機関の汎用パソコンで航空券の予約申請を行う際に、個人(カード)IDとユーザ機関IDを関連づけて登録しておくことによって、ユーザ機関毎の請求が可能となる。補正を経て成立した409特許、447特許では、ID記録媒体から読み取られ、照合される対象は、個人IDのみとなっている。
 また、こうした「ズレ」は、出願〜運用開始の間の仕様変更だけで生じるとは限らない。特許出願のヒアリングの際に意思疎通を欠いた場合や、明細書を記載する担当者が勘違いした場合などにも十分起こりうる。
 
 上記の仮説は、以下の事実によってある程度裏付けられる。
◆409特許に係る無効審判事件(無効2005-80061)の第1回口頭審理調書
 陳述の要領(被請求人の陳述)には「・・・ユーザ機関のID情報がなくても利用者個人のID情報だけで個人が特定できる。ID記録媒体はクレジットカードでもJALカードでもよい。」とある。
JAL ONLINEに関するQ&A
 アンサー部分には、JALマイレージバンクへの入会は個人個人で手続きが必要である点、およびJALONLINEへの社員登録については、一括登録・追加登録が可能である点が示されている。
 
(2)−2 他社システムとの「ズレ」を解消するため
 X 訴訟の概要で説明したように、ANA@deskは、個人カードであるANAマイレージカードが使用され、予約申請の時点で、このカードID(ANAマイレージクラブ会員番号)と企業IDがセットで入力される。したがって、JALIは、自社の特許権が、このANA@deskをも含むように、ID記録媒体に含まれる情報および照合の対象を、「利用者個人および当該ユーザ機関に関するID情報」から「利用者個人のID」に変更したのかもしれない。
 また、409特許の取得手続きが、ANAとの侵害交渉と並行して行われており、ANAから特許権侵害の恐れがない旨の「回答書」を受け取った(2000年12月)後で、問題の補正を行っている(2001年3月)ことも偶然ではないように思われる。
 ただし、上記(1)−1で説明したように、409特許および447特許とANA@deskは、他の点でも大きく相違している。
 
(3)実際の自社システムとの「ズレ」をなくすには?
 (2)−1では、当初想定していたシステム(明細書に記載したシステム)の構成と、実際に運用しているシステムの構成が「ズレ」ていたのではないかという仮説を紹介したが、このような「ズレ」は、先願権を得ようとして少しでも早く特許庁へ提出する必要がある特許出願の特質上、「よくあること」である。しかし、少なくとも、自らが使用するシステムについて排他的な使用を確保するためには、実際のシステム構成を包含した特許権を得る必要がある。
 
 システムの仕様が後で変更されたり改良が行われたりしても、有効な特許権が得られるようにするためには、特許出願の際にいくつかの点を考慮しておく必要がある・・・詳細は=>ソフトウエア特許講座で解説中
 
(4)強い特許を・・・
 自社システムの排他的な使用を確保するために、実際に運用されているシステム構成を包含した特許権を取得しておくことが重要であることは(3)で前述した。
 しかし、同様のアイデア(ビジネススキーム、ビジネスモデル)を実現可能な他のシステム構成をも包含する特許権でなければ、すぐに類似システムの運用を許し、そのビジネスを独占的に支配することができなくなる。同様のビジネススキームを実現できるシステムを運用すれば、必然的に特許権を侵害することになる、そんな特許権が「強い特許」であり、そのような「強い特許」にこそ真の価値がある。
 
 また、ライセンス供与や特許権侵害の交渉の途中で、相手方が実施しているシステム構成を含むように補正して特許の権利範囲を調整していくことは常套手段である。(2)−2で示した仮説も、その一例と言っていいであろう。しかし、そのようなシステム構成が出願当初の明細書に具体的に記載されていなければ効果的な補正はできない。このように、多くのシステム構成のパターン・可能性を網羅し、特許請求の範囲に様々な補正を加えることが可能な明細書こそ「強い明細書」と言える。
 
 今回のケース、409特許や447特許では、「搭乗券発券機」において「照合」が行われるのに対し、ANA@deskでは、「ホストコンピュータ」でその「照合」が行われる。そのほか、上述した多くの点で両者のシステム構成が異なり、この「ズレ」のために、非侵害であると考えざるを得ない。JALIは、447特許や、これと原出願が同じである他の分割出願(特願2000-179607、特願2002-134433)で、「照合」の行われる場所が「搭乗券発券機」に限定されないように補正を試みている感がある。たとえば、447特許では、ホストコンピュータが待機指令を搭乗券発券機に送信せず、搭乗券発券機が発券に際して、ホストコンピュータから航空券予約のために用いられたID情報を取得し、照合を行うようにした。
 しかしながら、JALIにとって都合の悪いことに、明細書等には、この「照合」が搭乗券発券機以外で行われるシステム構成についての記載や示唆は一切ない。
 
 相手方を特許権侵害で訴えようとした場合に、自社特許の権利範囲が案外狭く、効果的に相手を排除することができないことに気づくことも多い。日頃から強い特許の取得を意識し、他社が容易に類似システムを実施できないような状況を構築していくことが重要である。特にソフトウエア特許に関して、強い特許、強い明細書を作るテクニックとは・・・・・・詳細は=>ソフトウエア特許講座で解説中
 
(5)特許庁の判断
 (4)−1 特許権の付与に関して
 V.409特許の無効審判の概要や、W.447特許の概要と無効審判で説明した通り、両特許に対してなされた無効理由通知には、補正における新規事項追加(特許法第17条の2第3項)が含まれているが、このことは、特許庁が、そのような無効理由がありながら、それを看過して409特許と447特許を誤って成立させていたということを意味している。これに対し、無効審判の請求人から新たな刊行物や従来例が示され、それに対して進歩性がないとして無効理由が示される場合は、審査の段階で万全な先行技術調査を行うことができないという事情を考えれば、そのような無効理由がありながら一旦特許と認定してしまうことは、ある程度やむを得ない。
 しかし、新規事項追加に関する無効理由の場合は、「新たに示された」証拠によるものではなく、審査段階で新規事項追加の事実を指摘し、実質的に無効な特許の成立を事前に阻止することが十分にできたのである。その意味で(もちろん、この無効理由の判断に誤りがない場合に限るが)、特許庁の判断に問題があったと言える。
 JALIは、無効理由が自身の補正手続きに起因し、訴訟前に特許の有効性や技術的範囲について十分な確認をしていれば避けられたものであるとはいえ、これらの特許が認められていなければ、印紙代に2000万円以上を費やし、さらに、社内の人的コスト、弁護士・弁理士費用として多額の出費を強いられることはなかった。同様にANAも、今回の訴訟の対応に多額の経費を費やすことはなかったであろう。
 
 (4)−2 無効審判における審決に関して
 下表は、409特許の第1発明について、補正・訂正のあった構成要件の遷移を示している。ただし、2000年6月15日にされた補正については省略する。出願時の欄の、赤で示された用語が、補正(2001年3月1日)の欄で下線部のように補正され、さらに、訂正(2005年11月4日)の欄で下線部のように訂正された。補正の欄の内容が、特許権付与時(すなわち、訴訟時の409特許の内容であり、訂正の欄の内容が、現に今存続している409特許の内容である。
 前述のように、この補正は、利用者個人のID情報とユーザ機関のID情報からなる「ID情報」を、利用者個人のID情報のみにしようとするものであり、新規事項追加の無効理由があるとされたが、特許庁は、その後の訂正により、この無効理由が解消したと判断している。たしかに、下表に示すとおり、出願時の「ID情報」や「利用者ID情報」が、訂正後には、「各ユーザ機関内の利用者個人及び当該ユーザ機関に関するID情報」という用語に変更されており、これで出願当初の明細書等が示している「ID情報」の意味と同等になった。
 
 しかし、この無効審判における訂正請求が、はたして訂正の要件を満たしているのか疑問が残る。訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに限られ、また、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであってはならないと規定されている(特許法第134条の2第1項第1号、126条第4項)。今回の409特許の訂正請求では、ID記録媒体に記録される内容が、利用者個人のID情報のみから、利用者個人のID情報とユーザ機関のID情報に変更され、同様に、照合処理等も、利用者個人のID情報だけでなく、利用者個人のID情報とユーザ機関のID情報をもとに行われるように変更された。これらの変更は、形式的には、文言の追加という意味で(ID情報が、利用者個人のID情報に加え、ユーザ機関のID情報を含むように限定され)特許請求の範囲の減縮と見ることもできるが、システム的に見れば、入力項目(管理項目)が拡張され、照合処理の基準となるキーも変更(追加)されており、技術事項の異なるまったく別のシステムに変更されることになる。
 このような、コンピュータシステムにおける利用項目の追加は、「構成要件の直列的付加」と言えるだろうか?、上位概念から下位概念への変更と言えるだろうか?
 
 出願時補正(2001年3月1日)訂正(2005年11月4日)
・A4 ID情報が記録されたID記録媒体と、 各ユーザ機関内の利用者個人に関する利用者ID情報が記録されたID記録媒体と、 各ユーザ機関内の利用者個人及び当該ユーザ機関に関するID情報が記録されたID記録媒体と、
 B1 搭乗券発行機関に対して各ユーザ機関毎のID情報を表示して航空券予約申請を行う予約申請機能を有し、 搭乗券発行機関に対して各ユーザ機関及び当該ユーザ機関内の利用者個人のID情報を表示して航空券予約申請を行う予約申請機能を有し、 搭乗券発行機関に対して各ユーザ機関内の利用者個人及び当該ユーザ機関に関するID情報を表示して航空券予約申請を行う予約申請機能を有し、
 C2 成立した航空券予約情報と、当該航空券予約のために汎用パソコンによって表示されたID情報とを空港の搭乗券発券機に送信する待機指令機能と、 成立した航空券予約情報と、当該航空券予約のために汎用パソコンによって表示された利用者個人のID情報とを空港の搭乗券発券機に送信する待機指令機能と、 成立した航空券予約情報と、当該航空券予約のために汎用パソコンによって表示された各ユーザ機関内の利用者個人及び当該ユーザ機関に関するID情報とを空港の搭乗券発券機に送信する待機指令機能と、
 C4  前記航空券予約のために汎用パソコンによって表示された各ユーザ機関のID情報に基づいて、各ユーザ機関毎に料金請求額を算出することができる一括精算機能と、を有し、 前記航空券予約のために汎用パソコンによって表示された各ユーザ機関に関するID情報に基づいて、各ユーザ機関毎に料金請求額を算出することができる一括精算機能と、を有し、
 D1 ID記録媒体の入力を通じて利用者ID情報を読取るID読取機能と、 ID記録媒体の入力を通じて利用者ID情報を読取るID読取機能と、 ID記録媒体の入力を通じて各ユーザ機関内の利用者個人及び当該ユーザ機関に関するID情報を読取るID読取機能と、
 D2 読取った利用者ID情報とホストコンピュータから送信されたID情報とを照合する照合機能と、 読取った利用者ID情報とホストコンピュータから送信された利用者個人のID情報とを照合する照合機能と、 読取った各ユーザ機関内の利用者個人及び当該ユーザ機関に関するID情報とホストコンピュータから送信された各ユーザ機関内の利用者個人及び当該ユーザ機関に関するID情報とを照合する照合機能と、
 
(5)2つの「ズレ」と特許の価値
 繰り返しになるが、取得した特許権に対する、上述した2つの「ズレ」について、ここでまとめてみたい。
 下図は、出願当初の明細書等の記載範囲、特許請求の範囲、および自社システムの範囲の関係を概念的に示したものである。特許請求の範囲の記載は、出願当初の明細書等の範囲内のものでなければならないが、この図ではそのことが表されている。JALIの409特許、447特許に係る出願についても出願当初はこのような関係であった。
 また、この特許で保護しようとした自社システムの範囲は、(利用者個人のID情報だけを用いて照合が行われる点で)特許請求の範囲を超えて、さらに明細書等の記載範囲の外側まで延びている。これが第1の「ズレ」である。
 
ベン図1
 
 次の図は、特許請求の範囲を自社システムの範囲にまで拡大しようとして行った補正を示すものである(ただし、補正の目的は、上述の仮説(2)−1に基づくものであり、(2)−2の目的は考えないことにする)。この補正により、特許請求の範囲は自社システムの範囲を包含するように拡大され、その後特許されたため、特許権の権利範囲となった。しかし、無効審判において特許庁から指摘された無効理由にあるように、補正された特許請求の範囲は、出願当初の明細書等の記載範囲をも超えてしまっている。
 
ベン図2
 
 下の図は、特許権の権利範囲と他社システム(すなわち、ANA@desk)の範囲との関係を示したものである。当然、自社システムとANA@deskとの共通点はあるが、ここでは、説明をわかりやすくするために、両システムの範囲には重なりがないものとして表す。照合処理の行われる場所が異なる等の相違点のため、他社システムの範囲は、特許権の権利範囲の外側にまで延びている。これが第2の「ズレ」である。他社システムが特許権侵害となるには、他社システムの範囲の全てが特許権の権利範囲の内側に入っていなければならない。
 
ベン図3
 
 JALI(原告)は、訴訟において、他社システムが原告特許権の権利範囲(技術的範囲)に含まれるとの主張を行っており、図示すると、ちょうど下図のようになる。均等論などにより、例外的に特許権の技術的範囲の外側に特許権の効力が認められる場合があるが、今回のケースでは、その可能性が極めて小さいと考えられる。
 
ベン図4
 
 特許権侵害訴訟においては、特許権自体が無効審判により無効とされるべきであると判断されたり、被告システムの構成が特許権の技術的範囲に属さないと判断される場合も少なくない。また、被告の請求した無効審判によって、特許権が無効と判断される場合もある。
 原告企業としては、このような事態を避けるために、訴訟の前に、自社特許権の客観的な評価を高度なレベルで実施しておくことが好ましい。時間やコストの制限はあるが、たとえば判定の請求や、複数ルートでの無効調査、鑑定依頼等が考えられる。
 また、特許権の価値を正しく評価することは、特許権を保有する企業だけでなく、権利行使を受けた企業や知財信託を扱う企業、ベンチャーキャピタルといった他の企業にとっても重要なポイントである。
 
(6)貼用印紙代を節約できるか?
 JALIは、被告であるANAに対して訴訟取り下げの申し入れを行ったが、ANAはこれに応じず、最終的には、請求放棄ということになった。これにより、2000万円以上もの印紙代が水泡に帰したが、こうした高額な印紙代を失わずに済む方法はなかったのだろうか。
 有効な1つの方法として一部請求が考えられる。一部請求とは、たとえば、損害額の一部について賠償請求を行うといった請求のことである。訴訟では、賠償請求の額に応じた印紙代が必要になるので、こうした一部請求を行うことにより、当初の印紙代を低額に抑えることができる。当該賠償請求が認められた後で、残りの損害額について賠償請求を行えば、最終的には全ての損害額を相手方に賠償させることができるのである。
 
 しかし、原告代理人としては、「今回の訴訟は、とりあえず一部請求でいきましょう」などといった提案は、おそらくできないであろう。なぜなら、こうした提案は、原告に対して、裁判に勝つ自信がないのではないかとの印象を与えてしまうおそれがあるからである。原告が個人や中小企業ならともかく、JALIのような、資金豊富な大企業の関連会社であれば、なおさらそのような疑念が生じやすい。
 また、このような印象は、被告に対しても与えることになり、訴訟に対する自信・姿勢の弱さを感じさせ、全体として訴訟の迫力を欠くことにもなりかねない。もちろん、このことが裁判官の心証まで左右するような大きな要因になるとは思えないが、これらの理由により、一部請求が、実際にはリスク低減に繋がる有効な提案であったとしても、そのような提案を代理人が積極的に行うという力学は働きにくい。もちろん他にも、この提案をしない理由はある。